連作「セッション」について

〇作品タイトルの頭に付けている「セッション」という言葉について。これは、目下連作として企画している一連の作品に共通する制作過程に与えた名前です(まだ仮称の段階ですのでこれからどうなるかは分かりませんが)。要旨としては、「作品を介して現れた各々のヴィジョンを対話の中で摺り合わせ、共通のヴィジョンとする」というものです。

〇具体的に、この過程を経て制作された作品の推移を示すことで説明しようと思います。まずは作品の完成した姿から。

「セッションNo.011 夕方8時30分…」F8 ミクストメディア 2018

〇この作品に貼り付けられているドローイングの最初の姿が以下のものです。


〇初め僕はこの絵を、細い茎のような身体(画面中央太めの線)を持ち、両手(画面上方の二本の細い線)で何かを担ぎ上げるようにして走る生き物の絵だと考えていました。ここまで考えて、ふと「こいつは三日月を担いで走る夜の生き物だ」というヴィジョンが浮かびました。そこで、三日月を書き足した姿が以下のものです。


〇以前までのやり方(http://yosuket.com/works/)ですと、ここでイメージを固定して、キャンバスに貼り付ける段に移るのですが、ここで「セッション」を行います。

〇それはまず、僕がこのドローイングを介してヴィジョンを見ていったように、僕以外の他者にこのドローイングを提示し、そこで見たヴィジョンを説明してもらうことから始まります。その後で、上に書いたような僕自身のヴィジョンを説明します。

〇このように言葉で説明すると何やら大仰なものになってしまいますが、実際はドローイングを前にして「この部分は手だ」、「いや角だ」、「僕はこれを何かフンコロガシの一種か何かだと思うんだけど…」、「いやいや口髭のムッシューだよ」等々とお喋りを続けるだけです。

〇さて、今回はお互いよく知っている親しい女性の一人と「セッション」を行いました。当然のように、彼女の見ているヴィジョンは僕のものと全く違うものでした。僕が身体だと思っていた画面中央の太い線は、彼女にとって時計の短針と長針であり、夜の8時30分を指しているのでした。そして、この夜の8時30分とは、舞台やコンサートの始まる時間であって、人々は着飾り、演奏家達はそれまでの日々の成果を示そうと緊張に震える、いわば始まりの時間、そして結実の時間なのだと教えてくれました。話を聞いている内に、僕にも何か始まりの合図を告げようとしている時計のヴィジョンが見えてきました。ただ、我々がなかなか結論に至らなかったのは、僕が最初に書き加えた三日月が一体何を意味するのかという点でした。始まりの合図を告げるブーメランであるとか、色々なアイデアが浮かびましたがどれも我々の共通のヴィジョンとはなりませんでした。少し諦めかけて、次の絵に移ろうかと考えていた時、はっと彼女が何か新しいヴィジョンを見つけました。曰く、これは上からそろっと降りてきた悪魔の爪で、時計の針をこの時間で止めようとしている。そうなってしまえば、永久に始まりの、そして結実の時間は訪れず、始まり時間のはずであった8時30分が逆に終わりの時間となってしまう。そうなる前に、早く時間を進めようと当の時計本人が叫んでいる。これが彼女の見ているヴィジョンでした。彼女の話を聞きながら、僕も同じヴィジョンを見ることができました。つまり、三日月を降りてくる爪に、そして時計の針をそれとなるように絵に書き加えることで。

〇こうしてドローイングはキャンバスに貼り付けられ、仕上げとして、我々が見たヴィジョンを言葉にしたものが書きつけられ、作品は完成しました。


〇以上が「セッション」の過程です。こうして生まれた作品は、いわば我々の空想旅行の記録のようなもので、他の第三者がこの絵を見て全く同じものを見るとは思いません。ただ、我々がこのドローイングを通してこのようなものを見た、という事実もまた作品の内容として提示することに何らかの意味があると考えています。見る人が、セッション」の足跡をまたさらに媒介として、そこから何か新たなヴィジョンを見る、ということになればとても嬉しいです。

〇今回、こうした試みを始めて大変興味深かった点は、やはり各々が作品を通して見るヴィジョンはその各々をよく表しているという点でした。今回「セッション」を行った女性は、今まさに自分の置かれている現在の境遇を変えようと奮闘している最中であり、それが「始まりの時間か、さもなければ終わりの時間になってしまう8時30分」というヴィジョンとして現れたのかもしれません。他のドローイングで行ったものの中でも、再生や旅立ち、変容のヴィジョンを見ているようでした。願わくば、彼女に始まりの時間が速やかに訪れますことを。

〇恐らく、文化や背景の全く異なる人が相手であったならば、全く違う作品が出来上がったと思います。今後、色々な人とこうして制作を共にできればと考えております。

10/06/2018